浦原 | ナノ
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▼ 過去編2

技術開発局創設の手続きは、それはもう面倒なものだった。目的とか理由とか、創設に伴う費用や見込める利益等、記入しなければいけない項目が山ほどあるのにわたしは技術開発局で実際何をするのかは知らない。むしろ知っているのは浦原隊長だけである。そのため、わたしは何かと浦原隊長と話す機会が増え、手続きがすべて終わるころにはすっかり浦原隊長と一緒にいることに馴染んでしまっていた。技術開発局が創設され、我が隊には蛆虫の巣から浦原隊長が連れてきた人材、涅マユリが三席として着任した。一緒に連れてこられた阿近という少年も、研究者のひとりとして立派に十二番隊の隊士となっている。わたしは変わらずに十二番隊第八席で、技術開発局に所属する人間が増えたせいで溜まりがちになった隊務を回すのに尽力していた。わたしにはよくわからないが、浦原隊長や涅三席の研究はとても高度なもので、彼らの研究が成功すれば尸魂界の技術が大幅に進歩していくらしい。たまにお手伝いで局に呼ばれることもあるが、同じ言語を使用しているのが疑わしいほどに難しい言葉が飛び交っていた。中でも研究室にこもりがち筆頭の浦原隊長の書類を、なるべく浦原隊長の負担にならないように仕分けして、急ぎのものだけ持って隊長の研究室を訪ねる。

「浦原隊長、みょうじです」

扉の外から声をかけると、ほどなくして浦原隊長が現れる。

「こちらが急ぎでご確認いただきたい書類です。流魂街の虚討伐依頼もきてますのでご確認と隊士の選定をお願いします」

要点を伝えれば、頭の良いこの人はさっと書類に目を通して指示をくれる。虚討伐にはひよ里サンと五席と六席で行くように、と指示を出す浦原隊長の顔を見て、違和感を覚えた。なんていうか、初対面の時からなよなよした印象ではあったけれど、今日はまた一段となよなよしている…というより、顔色がよくないのだろうか。

「浦原隊長、ちゃんと休まれてますか?」

「ほどほどに休憩はとってますよ」

「でも、顔色があまりよくないように見えます」

じー、と浦原隊長の顔を見つめる。わたしの視線にそんなに見られたらさすがに恥ずかしいっスね、と苦笑した浦原隊長に、最後に寝たのはいつですか。食事は?畳みかけるように問いかけると、わたしの勢いに押された浦原隊長は眉尻を下げて答える。

「50時間くらい前スかね…」

「は、はぁ?50時間って…2日以上経ってるじゃないですか!」

聞いたら余計にげっそりして見える浦原隊長を研究室から引っ張り出し、来客用のソファに座らせる。ここで寝かすのは身長の高い浦原隊長には窮屈かもしれないが、部屋に戻って寝て下さいと言って隊長を帰らせるような権限はわたしにはないし、部屋に帰したところでこの人が寝るとは思えない。

「食べるものを調達してきますので、ここで休んでてください。もし可能であれば眠ってください」

「いやいやなまえサンが整理してくれた書類もありますし、研究の方もまだ途中で…」

「それで隊長が身体を壊したら元も子もないじゃないですか」

書類の仕事の方は休んだ後まで〆を伸ばしてもらえるようにわたしが頼んでくるし、虚討伐の方は先程隊長が言った編成でひよ里に行ってもらえばいい。いくら死神が長生きだからって、無理をしたら寿命を縮めてしまう。譲らないわたしに諦めたのか、浦原隊長はソファに仰向けに寝転がった。膝を軽く立てているというのに、足が大分はみ出てしまっている。それを確認して、食べるものを買ってくるために部屋を出ようとすると、なまえサン、と後ろから浦原隊長に名前を呼ばれて、振り返る。

「休めって怒られたの、初めてっス」

やらなきゃいけないこと、作らなきゃいけないもの、調べなきゃいけないこと、たくさんある中で、いくら時間があっても足りないから。そして自分にしかできないことがたくさんあるから。無理してでも成し遂げなければならない。自分も、周りも、浦原喜助という人間はそれで当然だと思っていた。生憎生粋の凡人であるわたしには浦原隊長の気持ちはわからないけれど。生粋の凡人だからこそわかることもある。

「隊長は、周りの人を信用してないんですね」

「そんなことは……」

「自分にしかできないってそういうことでしょう?試しに人に振ってみたら出来るかもしれないじゃないですか」

わたしが、あなたの仕事を遅らせられるように。休む時間を、少しでも作ってあげられるように。浦原隊長にしかできないことがあると言うのならば、なおさら自分の身体を大切にするべきだろう。

「ちょっとだけ仮眠をとるので、お任せしてもいいっスか」

わたしの言葉に少し間を置いて、腕を瞼の上に乗せた浦原隊長からの指示に、はい、と返事をして今度こそ部屋を出る。隊舎内でひよ里を捕まえて、流魂街の虚討伐の件を伝えると、意気揚々と隊士を引き連れて出発していった。あとは書類の〆と浦原隊長の食事の調達である。今〆が迫っている書類は十三番隊と五番隊だ。幸いどちらも優しい隊長であるため、事情を伝えれば快く〆を一日伸ばしてくれた。平子隊長は天の邪鬼なので何やら文句を言っていたけれど、藍染副隊長が笑顔で宥めてくれたため事なきを得た。ついでにこれ持ってき、と平子隊長が持たせてくれたのは最近流行りのお店のいちご大福だった。

「頭ばっか使うてるんやから糖分くらい補給しろ言うとけ」

「あ、ありがとうございます。でもこれ、3つも入ってますけど……」

「余ったんはオマエとひよ里で食ってええで」

上司を気遣う良い子にはご褒美や、と口を三日月のように歪めた平子隊長に、隊長はもっと部下のことを気遣ってください、と藍染副隊長の声がかかる。そんなふたりに頭を下げてお礼を言い、十二番隊への帰路につく。いちご大福と、途中で購入したおにぎり。好みのものがわからなかったので普通の鮭のおにぎりだ。しばらく食べていないのならばいきなり詰め込むのもよくないだろう。足りないならさすがに自分で買ってきてもらおう。十二番隊に到着して、隊長が仮眠をとっている隊首室の扉をそっと開いて中を確認する。隊長はまだソファに寝転がっているようだった。少しでも休めたならいいんだけど。部屋に入ったら起こしてしまうかもしれないし、あとでまた来た方がいいだろうか。時計を確認したところで、お帰りなさい、と部屋の中から声がかかる。

「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いえいえ。お陰さまで大分スッキリしました」

起きているならと部屋に入って浦原隊長の顔を見ると、大分顔色がよくなっていた。少しでも眠れたならよかった。おにぎりといちご大福を机に置いて、給湯室でお茶を用意する。曳舟隊長から淹れ方を教わったので、わたしが自信を持って他人に出せるものだった。どうぞ、と浦原隊長の前に湯飲みを置いて促すと、いただきます、と行儀よく両手を合わせておにぎりを一口かじり、お茶に口を付けた。

「お茶、美味しいっス」

目元が垂れさがって顔を綻ばせる浦原隊長に、いちご大福は平子隊長にいただいたんですよ、と告げる。それだけで3つのいちご大福が誰の分なのかわかったようで、わたしの分のお茶も淹れて一緒に食べましょうと促される。ひよ里の分もあるのにいいのだろうか。わたしが隊舎を離れたのは大体1時間と少しだから、ひよ里が帰ってくるまではしばらくかかるだろう。

「ひとりでご飯って言うのも味気ないんで、付き合ってもらえるとうれしいっス」

「……浦原隊長は、そう言えばわたしが断れないってわかって言ってるでしょう」

「さて、なんのことっスかね」

最初の頼りなさそうな印象とは打って変わって食えない人だ。八席のわたしが隊首室にこんな風に入り浸るなんて、普通に考えたらあり得ないのに。一度席を立って自分の茶と、浦原隊長のおかわりを用意して戻る。わたしもいただきます、と手を合わせてから平子隊長にいただいたいちご大福を一口かじる。甘すぎない餡子といちごの酸味が絡み合って、とても美味しい。これは確かに流行るなぁ。また今度改めて平子隊長にお礼を言わないと。ついつい頬が弛んでしまう。「甘いもの、お好きなんスね」いちご大福に夢中だった様子を見られていたらしい。食べているところを見られるというのは、存外恥ずかしいものだった。

「……あんまり、見ないで下さい」

「いいじゃないっスか。女の子らしくてかわいいと思いますよ」

「そういうこと軽率に言うと勘違いされますよ」

ただでさえ女性受けしやすい甘い顔立ちをしているのだ。だけどわたしは、勘違いなんて、しない。今の言葉には一切の下心なんて含まれていなかった。それでも、すこし騒がしくなった胸に知らないふりをして残ったいちご大福を口に入れる。隊士たちに隊長だと認めてもらうためにも、まずは隊士たちのことを知りたいし、知ってもらいたい。そう言っていたとひよ里から聞いた。それが今はわたしだった。それだけの話だ。

「今日のことも含めて、なまえサンが頼りになることは、よ〜くわかりました」

おにぎりを食べ終わった浦原隊長が続いていちご大福に手をつけて、ぐに、と引っ張って二つに割る。当然中のいちごは割れず、歪な形にふたつに分けられたそれのうちのいちごが入った片割れを、浦原隊長がわたしに差し出す。

「ボクはちょっとで十分なんで、なまえサンがこっち食べて下さい。いつものお礼です」

「せめていちごの方食べて下さい。せっかくのいちご大福なんですから」

「そっスか?じゃあ、こちらをどうぞ」

最初に差し出されたいちごが入った半分ではなく、あんこだけになった半分を渡されて、ぱくりとかじる。いちご大福という名のただの大福。それなのに、なぜだろうか。先程はいちごに合わせて甘さが控えめだと感じた餡子が、すごく甘く感じた。


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